行政にデザインを取り入れている6つの海外事例ーデンマークから台湾まで
皆さん、こんにちは!JAPAN+Dプロジェクトチームの水口です。
今回の記事は「海外の行政における政策デザインの取組」をテーマに、世界各国の「行政×デザイン」の様子を見ていきたいと思います。
その前に少しだけ、私の自己紹介をさせていただきます。
私とデザインとの出会いは学生の頃に通っていた教育プログラムがきっかけでした。デザインというこれまでに自分が体感したことのなかったアプローチが持つ楽しさや可能性にワクワクしたのを今でも覚えています。
そして、「こんなデザインのアプローチがまだまだ適用できる伸びしろがあるのはどこだろう?」と考えた結果、伸びしろだらけの日本の行政に入ろうと決めました。そこから、様々なチャレンジがあり、このJAPAN+Dプロジェクトに繋がっています。
普段は、政策や行政という少し距離が遠く感じるものと社会の接点を作っていく活動をやっていて、広報の勉強会や美大生と公務員とのコミュニティに関わったりしています。
なぜ海外の取組をリサーチしたのか?
さて、そんな私から今日は、JAPAN+Dプロジェクトの中でリサーチをした海外事例調査の紹介ができればと思います。
そもそも、なぜこのリサーチを実施したのか。それは、「人に寄り添う優しい政策はどのような形で実現できるのか」その実践例を知りたいと思ったからです。
JAPAN+Dのミッションでも掲げている「人に寄り添う政策」とは具体的にどんなものなのか、またどのような要素があれば実現するのか。先例から学ぶために、今回は6つの国と地域のリサーチを行いました。
「行政×デザイン」の分野で先進的な取り組みを進めるデンマーク、英国、スウェーデン、日本と同じ文化圏に属するシンガポールと台湾。そして、欧州やアジアと異なる地域で政策デザインに挑戦しているチリです。
調査の詳細は、今後、JAPAN+Dホームページでも紹介して行く予定ですが、今回はそれぞれのポイントを押さえてお伝えできればと思います。
デンマーク:世界トップレベルの政策デザインを手掛ける「DDC」
まずは、デンマーク。
デンマークは政策デザインの領域におけるトップランナーといえるでしょう。現在、デンマークの政策デザインは半官半民の組織である「デンマークデザインセンター(Dansk Design Centre = DDC)」が担っています。
様々な特徴があるDDCですが、一言で言えば各省庁のトップレベルの幹部によるスピーディーな意思決定、これが特徴だと言えると思います。
DDCだけでは政策デザインの実現は難しく、政府の後ろ盾が必須です。デンマークでは、各省庁の事務次官クラスが集まる理事会組織を有し、そこでスピーディーな意思決定を実行しています。
トップのコミットメント、これは政策デザインをドライブする大きな要因の一つとなるでしょう。
イギリス:戦略的デザイン組織「ポリシーラボ」
続いてイギリスの事例です。
イギリスでは、2014年に政府内に設立された「ポリシーラボ」が政策デザインの支援を担っています。
彼らとのディスカッションの中で見えてきたのは、組織の多様性です。当初は10人程度で始まった組織でしたが、現在はデザイナーはもちろんのこと、社会学者、文化人類学者など、各専門的知見を持ったメンバーが参画して政策立案の支援を行っています。
その中でも象徴的なプロジェクトが「Preventing Homelessness」です。
このプロジェクトでは、実際に政府職員がホームレスの方の生活を体験したりしながら、ホームレスの方のメンタル面での不安やネットワークの不足などをリサーチしました。
そして、ホームレスになりそうな状況で声を上げやすい環境をつくるため、実際に法整備まで繋げた事例です。これも多様な専門家が集まったからこそ実現した成果と言えると思います。
スウェーデン:イノベーションとデザインを繋ぐ「Vinnova」
そして三つ目はスウェーデンです。
スウェーデンでは、イノベーションシステム庁にある「Vinnova」が、政策デザインの取り組みを主導しています。Vinnovaでは、モビリティから食まで、様々なジャンルでのイノベーション政策を生み出しています。
そのVinnovaのストラテジックデザイン・ディレクターであるダン・ヒル氏によれば、政策デザインにおけるデザイナーの役割とは、「政策と実践を一致させること」だそうです。
政策を机上の空論にしないためにも、実践を通じてブラッシュアップを繰り返すことが何よりも重要ということです。
また、「デザイナーが政策プロセスの最後まで責任を持つべき」というコメントも印象的でした。デザイナーが真に政策立案に関わる体制作りが求められているのだと思います。
チリ:協働して困難な課題に立ち向かう「ガバメントラボ」
そして四つ目が、南米のチリになります。
実はチリでも、2015年頃から「ガバメントラボ」という組織が政府の中枢に位置づけられ、行政に対する支援を提供しています。
チリの事例で印象的だったのが、公務員とデザイナーが双方に共感し、チャレンジしていく姿勢です。
ガバメントラボでは、貧困や性犯罪といった社会的に注目度の高い南米特有の課題を扱っています。こうした複雑な課題を解決していくためには、公務員とデザイナーが一致団結して取り組む必要があり、互いに尊重しながら働くことが大事になってきます。
そこでガバメントラボでは、協働する他の政府組織の共感を得るために、職員の服装をあえてラフではなくフォーマルなものにするなど含め双方に寄り添うような環境作りに努めているそうです。
今後、日本の行政にデザイナーの方がもっとたくさんジョインしたときに、参考になるようなヒントをいくつもいただきました。
シンガポール:国の重要プロジェクトに関与する「イノベーションラボ」
五つ目は、シンガポールの事例です。
シンガポールの首相府に設置されている「イノベーションラボ」は、デザインアプローチを活用した政策立案プロジェクトのハブとして機能している組織です。
こちらの写真にあるような7つの主要政府機関のサービスをまとめて提供するパブリックサービスセンターの立ち上げを主導しています。
そしてなんと、シンガポールでは政府内のほぼ全ての省庁がイノベーションラボを有しており、その数は70を超えているとのことです。
そんなシンガポールですが、普段の学校教育では正解を追い続ける考え方が主流だそうで、それだけでは急激な社会変化に対応できないという課題意識が行政の中にあったとのことです。
質の高い政策作りのためには、市民や企業といったユーザーの立場を理解し、彼らが抱える現状に対する「なぜ?」という問いかけが重要であるとして、デザインアプローチの普及が進みました。
こういった正解を追い続ける教育文化の背景や課題意識は、同じアジア文化圏の日本でも参考にできることが多そうです。
台湾:政策デザインを推進する半官半民組織「TDRI」
最後に、台湾の事例の紹介です。
台湾の政策デザインの中核の一端を担うのが、「台湾デザイン研究院(Taiwan Design Research Institute = TDRI)」です。デンマークのDDCと同様に半官半民の組織ですが、政府と緊密な関係を築いています。
TDRIの取り組みで代表的なのが、学校環境をリノベーションする「學美・美學プロジェクト」です。
これはTDRIが、台湾の文部科学省にあたる教育部と連携したプロジェクトで、公募でリノベーションの対象となるような学校を選んで実施していますが、あくまでこのプロジェクトの主体は当事者である先生や子供たちです。
まさにこれはデザインプロセスそのものだと思います。
政府職員だけではなく、様々なステークホルダーが参画することで、当事者意識を高める参加型のデザインアプローチを実践しています。
こうした、誰もがフラットに行政に関わるきっかけが、これからの時代、何よりも重要になってくるのでしょう。
まとめ:政策デザインの進め方は文化にもよる
以上、6つの事例をご紹介しましたが、いかがでしたでしょうか?
トップレベルの承認、組織の多様性、デザイナーと公務員双方への共感、市民との十分な対話など、様々な要素が政策デザインを進める上で大切なことが明らかになったと思います。
また、これらのリサーチをしていく中で感じたのが、「デザインの文化」が社会に根づいているかどうか、という観点です。
特に欧州では、社会とデザイナーの距離が近く、多くのデザイナーが起業して社会課題に取り組むのが当たり前ですし、市民が自分ごととして政策に参画するという参加型デザインのベースもできています。
まだまだ日本ではここまでのデザインの文化は醸成できていませんが、それぞれの国や地域から優れた点を学び取り、うまく生かしていくことが日本の社会で政策デザインを進める上でのヒントになるのではないでしょうか?
今回のリサーチをさらに分析し、それぞれの国や地域の事例から成功のポイントを、日本の政策デザインへと生かしていきたいと思います。
具体的には下の図のように各事例の状況を三つのフェーズに分け、少しずつ行政全体へデザインの考え方を導入していくステップを進めていきたいと考えています。
それでは、また次回の記事でお会いしましょう!